サーフィン小説

それまでの自分にはまったく縁のなかった世界にやってきた和男。大げさかもしれないが、それはまるで意図せずアメリカという大国に渡ったジョン万次郎のような心境だった。ビーチを見渡せば、女優とかファッションモデルのような美女があちこちにいて、そのはち切れんばかりのすべすべの肌をオイルで丁寧に焼いていた。

和男は大学生になってからというもの勉強はそっちのけにしてアルバイトをしているか遊んでいるかのどっちかで、同級生や先輩たちに感化されてナンパ道にハマっていたが、しかし、そこにいる女たちは間違いなくアンタッチャブルだった。目には見えないバリアが彼女たちを覆っていて、そこは和男のいる空間とは全く別のエリアに思えた。見るのはいいけど、近寄ることはできないエリアだと即座に認識した。

和男を海に誘ったのは安田雅彦という早稲田大学の学生で、年齢は和男と同じだが学年は一つ下の大学２年生だった。一浪して明治大学に入ったが、すぐに退学してその翌年に早稲田を受験し直したのだという。それを聞いたとき和男は少しブルーになった。和男も一浪して明治大学法学部に入ったからだ。

しかし安田は明治の経済学部から早稲田の中でも最も偏差値の低い社会学部に転向したとのことだったので実質的には何らランクアップにはなっておらず、ただ早稲田というブランドが欲しかったんだなと和男は思った。

滑り止めの明治と青山学院には受かったが、あまり嬉しくはなかった。かといって二浪するという選択肢はなく、青学を蹴って明治にしたのは和男の父である貞夫が青学には猛反対したからだ。自分が東京にいたころ青学の学生に貧乏人扱いされたことを根に持っていた。

どうしてまた和男が富裕層の子息が入る青学などを受験したのかといえば、和男の世代はみんなサザン・オールスターズの虜になっていたし、特に浪人時代は毎日のようにサザンを聴いていて、彼らの通った青学のキャンパスライフが憧れになっていたからだ。

あれから数十年が経った今でも浪人時代を思い返すとき、和男の脳裏にはきまってサザンの曲がセットで甦ってくる。自然に口を突くのは「栞のテーマ」。「彼女が髪を指で撫でただけ〜」というあの歌だ。甘くせつないメロディーと好きな女の子への淡い恋心を書いた歌詞が浪人生でありながらも恋愛に揺れた当時の自分と絶妙にシンクロするのだった。

つづく．．．（この小説はフィクションです）

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