あの波はまだ無理だ
「阿部ちゃん、あの波」と大声で安田が叫んだ。「ほらほらあれあれ。あ、今割れた。いけるいける。まだいける、まだいける...」と興奮しながら安田が実況するが、和男にはまったくそれが理解できなかった。波は全部同じに見えたし、安田が指をさしているその波がどう特別なのかなんてちっともわからなかった。そのときの和男にはサーフィンは沖から波に乗って岸までくるものという認識しかなかった。
すると阿部が「おまえにはアレは無理だよ」と安田を冷たくあしらった。阿部は2歳も年上である安田を躊躇なく呼び捨てにしていた。そのへんが不思議なところで、予備校までは歳の差が意識されるのであるが、大学生になったとたんに学年で上下関係が完全に仕切られてしまう。和男はそのシキタリに違和感があったが、それはともかく、てっきり安田がサーフィンが上手いと思っていたので阿部のその一言は和男を少し不安にした。
ただでさえ場違いな所へ来てしまったと後悔しているのに、頼りの綱であるべき男への信頼が薄らいだからだ。なにがどう安田には無理なのか和男にはわからなかったが、そのときの東浪見の波が簡単には乗れない波だということは理解できた。
阿部は早稲田大学でも難関といわれる政治経済学部に現役合格の秀才だった。当時まだ20歳の青年だったが、すでにすべてを見通しているかのような揺らぎのない存在感があった。阿部はのちの不動産バブルで大儲けし、その崩壊をも予見して今では大手携帯電話会社CEOになっている。一方の安田は結局のところ、大企業ではあるものの一般サラリーマンとして管理職にもありつけず、減給の上で会社に残留が許されているという有様だ。
あのときは早稲田大学の学生という阿部と同じ身分だったのに。阿部の成功はあるていど推測できたが、自分はともかく、あのバイタリティ溢れる安田がまったく出世できずに今に至っている状況は想像すらしていなかった。
成功者としての阿部のウワサを安田から伝え聞くたびに故郷である宮崎で立ち上げたフィットネスクラブの運営が軌道に乗らない和男を憂鬱にする。それに加えて、今年で15歳になる下の息子がプロサーファーになると言うので海外遠征費用の資金繰りで大変だ。自分たちの老後の心配どころではない。
つづく...(この小説はフィクションです)
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