サーフィン小説

福岡市郊外にあった全寮制の予備校は今の常識では到底考えられないことだが、３階立ての校舎の１階に授業室があって２階が男子寮、そして３階が女子寮だった。管理人もいなかったので当然のように半年もすると３階のほとんどは同棲部屋になっていた。和男はそんな風紀の乱れた状況に「俺は惑わされん」と豪語していたが、年が明けていよいよ臨戦モードに入った時期には和男も３階の部屋に移っていた。その理由の一つには相部屋になった二浪目の男にホモの気があったのもあるが、要は一つ上の階に居る好きな女子へ想いに打ち勝つことができなかったのだ。

平良（たいら）美由紀という沖縄県宮古島出身で、大きな瞳に長いマツゲの豊満な肉体をもった医学部志望の女子だった。朝は全生徒が外に出て体操をするのだが、ジャンプする場面ではいつもユッサユッサと大きな胸が揺れた。彼女を一目見たときに和男はときめいたが、アプローチしても自分に興味を示さないばかりか、なにか自分を見下しているかのような彼女の態度が当初は不愉快だった。「俺、横浜から来たんだ」と見栄っぱりのウソをつくと、美由紀は鼻から息を漏らしながら下を向いて嘲笑した。「そんな田舎なまりで？」とでも言いたかったのであろう。

ほどなくして彼女が北九州から来ているデブで分厚いメガネをかけた暑苦しい男とできているのを知ったときには愕然とした。柴尾というそのデブは容姿は最悪だったが頭の回転が速くて人の扱いに長けていた。授業では先生を横にどけておいてその場を仕切ることがたびたびあった。そんな柴尾の包容力に美由紀は惹かれたのであろうが、なんということか、柴尾のデブは美由紀を突然フッてしまった。

そしてどういうわけか柴尾は和男のことがお気に入りのようで、ときおり天神や博多の街の散策に誘った。あるとき「俺は自分から言い寄ってくる女は好かん」と言っていたので、フッたのは柴尾の方であることは間違いなかった。和男が美由紀に好意を持っていることを知ると、何かの行事があるごとに和男と美由紀の仲を取り持った。まだ１０代だったのに、柴尾はほんとに大人だった。

和男は東京の大学志望なのになぜ福岡の予備校にしたのかといえば、いきなり東京という大都会で生活するのが怖かったからである。さっさと上京して東京の有名予備校に入っていれば慶応にも早稲田にも受かっていただろうと福岡の無名でインチキな予備校の広告に騙されたことを後悔もしたが、それでも、あんなに不思議で夢のような１年間は後にも先にもないし、あの経験をしないままの人生はつまらないとも思えた。

つづく．．．（この小説はフィクションです）

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